北上事務所
0197-65-7439
お問い合わせフォーム

木の香の家

代表白鳥のブログ

Wiiキャラ(SHIRATORI GO)

OB様が Wii キャラで 私のアバターを作ってくれました(^^)b

 

 レースで勝てるオーラを感じない ゆるキャラです(^^;)

 

IMG_1592.jpg

  

IMG_1593.jpg

Posted at: 2018.10. 6(土)

【 流れに従って生きる ACT60(第1幕 最終話):「オンリーワン」


ACT60 (第1幕 最終話):「オンリーワン」

 


 
 いろいろな試練を乗り越えながらも、2001年 私は本当の意味で独立することができました。

 Ho建材の社長はじめ多くの方のご協力もあり、多くの困難を乗り越えることが出来ました。

 新会社のスタートダッシュには菅原さん(現かみさん)の人脈営業力という幸運にも恵まれました。


 

 

 新会社のスタートは順調と言えるものだったと思います。

 そんな穏やかな気持ちで仕事をこなしている土曜日の昼です。

 

 当時視聴率の高かったテレビ番組、「どっちの料理ショー」の再放送(1999年9月放送の再放送)をしており、たまたま昼ご飯を食べながら1人でそのテレビ番組を見ていました。

 


「食材のテーマ」が、「鶏肉 vs 豚肉」・・ということで、ふと気になりテレビ画面を見ていました。

 


「偶然だけどHAさんの牧場と同じ食材だなぁ・・。HAさんの牧場もいつの日か、特選食材としてこの番組で出演してくれればいいのになあ・・。」と、ボーっと見ていました。

 


ところがです。

 

その再放送の「どっちの料理ショー」の特選食材の供給先として登場した牧場は・・、なんとHAさんの牧場だったのです。

 


あまりの唐突な展開に、口の中に入れたお米を噴き出してしまうほどびっくりしました。

HAさまとの家づくりの打ち合わせの時期に、そんな話を一度も聞いていなかったのです。

 


 「すぐに菅原さんに電話しなきゃ!」と即座に思いました。HAさんがどういう人だったか菅原さんは知らなかったためです。
ところが、HAさんの牧場がテレビに登場すると同時に、偶然、菅原さんの方から電話が掛かってきました。

 

 私は大声で「今、家!? テレビ見てるか!?」

 

 菅原さん「家だけど、テレビ見てないよ」

 

「早くテレビつけて、どっちの料理ショーつけて!!」

 

「え・・え・・」

 

 ちょうどそのタイミングで、テレビ画面に亡くなられたHAさんが映ったのです。

 


私「この人が、前に何度も話していたHAさんだよ。まさか、今日テレビに映るとは思っていなかった・・」

 

 

 

 

そのとき、私は、菅原さんと結婚するんだな・・と直感で思いました。

 


そして、2002年の日韓サッカーワールドカップの年に私たちは結婚しました。

 

 

 ところが、長男が誕生する2003年の冬2月ごろ、焦る時期がありました。

  

 春からの仕事が全く見えてなかったのです。

 

 子供が生まれるのに仕事が見えない・・。


 正直、焦りました。

 

 


 住宅の路線が世の中のニーズと合っていないのか?

 私の宣伝方法がおかしいのか?

 

 ローコスト規格商品で進むべきなのか・・。このまま、お客様がこだわる住宅で進むべきなのか・・。世の中は、どっちを必要性としているのか・・。

 

 ホームページの表現方法、チラシの出し方に自信はありました。しかし、結果が見えてこなかったので、悩んでました。まさに「どっちの家でショー」・・である。寒っ(‐_‐;)・・・。

 

  


 しかし、またも救われることになるのです。

 


 子供が運を持って生まれてきたかのように、長男が生まれて2週間後の見学会で、一気に5軒もの契約が見えたのです。

 以前からホームページを見てて、見学会を機に相談に来たというお客さんがたくさんいました。

 

 


 仕事が見えないプレッシャーから解放された思いで、精神的には、またしても九死に一生を得た感じでした。

 


 創業時は、かみさんに助けられ、2年目の危機は子供の運に助けられました。

 

 

 


 雪が融け始めた3月・・。私は、HAさんのお墓の前にいました。HAさんの命日に、「なんとかやってますよ」という近況報告をしたかったのです。

 


 そのお墓のとなりには大きな石碑が立っており、そこには町長からHAさんに宛てた文章が書かれてありました。

 

 

 その長い文章の中に、ひときわ目立つカタカタの文字が刻まれていた。

 


「オンリーワン」

 


 生前、HAさんが、事業をするときに常に口にしていた言葉だといいます。いつも、「オンリーワン」でなければならないとHAさんが語っていた・・と、その石碑には刻まれていました。

 

 お亡くなりになったあとも、HAさんには事業の道しるべをいただいくこととなりました。

 


「オンリーワンの家づくり」

 


わたしの目指すものは、このとき、これで決まりました。

 

 

 

****************** 

 

エピローグ 「何かをあきらめることが大人になることじゃない」


 今までの環境から脱却するのは、やはり勇気が要ります。今までの慣れた環境にいる方が、ず~っと楽なのです。私は、そういう人生の岐路に立ったとき、よく聴いてた歌があります。

 

DEENの「少年」という歌です。

(文末にアクセスボタン付けております)

 


その一節の詩が、いつも迷った私を勇気づけてくれました。

「何かをあきらめることが大人になることじゃない。捨てるもの一つもなかった、あの日の僕らのように・・自由に・・」

 

 この詩を聞いて、何のために生まれてきたのか・・、何を残すのか・・、社会的な存在意義は何なのか・・、どう進めば目指すものに近づくのか・・、そんな自問自答を繰り返してきて、直感で感じ取った「流れ」に勇気を持って乗ってきました。

 

 結果として、ここまでは「流れ」に従って正解だったと思いたいです。

 

 そして、今後どういう「流れ」が待っているのか、それも期待して決して焦ることなく平凡に過ごしています。

 

  

 
 今回、このレポートを書くにあたり、自分の人生を振り返る機会を得ました。はじめは軽く書くつもりでしたが、書いていると面白くなってきて、作家になった気分でどんどん書くことになってしまいました。これも何かの「流れ」なのでしょうか・・。

 

 もうひとつの夢である「漫画家」・・。今後の人生でなれるのでしょうか・・。あきらめることなく目指していきたいものです・・。


                          記述 平成17年2月      

 

 

 

 追記:第1幕の「流れに従って生きる」は今回で終了いたします。

    しかし、第2幕の私の人生は、これ以上の波乱に満ちた出来事が次々を起きます。

    人生の第2幕「流れに従って生きる」もまとめていきたいと思います。 

 

 

 

人生の岐路で背中を教えてくれた DEENの「少年」です

 

 

 

 

Posted at: 2018.10. 1(月)

やせたフロアが戻りました!

先の冬に、「過乾燥実験」と称して家の中の湿度を無理矢理 30% 以下に落とす実験をしました。

 

その「過乾燥の弊害」の一つに無垢フロアがやせてしまい、釘が見えてしまいました(--;

フロア やせた.jpg 

アホな実験をしてしまったと後悔(;_;)

 

梅雨から夏にかけて戻るのだろうか・・と心配してましたが、

今年の高温多湿のおかげで・・

 

なんと!戻ってました(^^)b

フロアくっついたH3009.JPG 

来年からは過乾燥実験なんてしません!

 

今回はラッキー(^^)

 

Posted at: 2018.9. 9(日)

【 流れに従って生きる ACT59:人間、楽しようとすると、その分、苦労する  】

 

ACT59:「人間、楽しようとすると、その分、苦労する」

 


 私は、30歳で本当の独立をすることになりましたが、いろんな会社の失敗例、人の失敗例を間近で見てきました。その多くに共通することとして、ある哲学者の言葉を思い出します。

 

「人間、楽しようとすると、その分、苦労する」

 

多くの人は、机に座っているだけで自分の懐にお金が入ればいいのになぁ・・と考えるかもしれません。


 ○一番最初に勤めたN建設は、役所工事にべったりだったため、名刺配りの楽な営業方法しかしりませんでした。民間での本当の競争にさらされないまま過ごしてきたため、役所工事が減った段階で慌てて作戦を模索しましたが、そのまま解散という結果になりました。

 

 ○次に務めたCホームは、株を上場して、濡れ手に粟のような一儲けしたいという理念のもとに、安売りで地域を荒らしまわった結果、倒産しました。

 

 ○営業マンも、「安ければ売れる」という発想で、安易に儲けがなくても契約するという路線に走りました。もちろん、「安ければ売れる」のは当然なのですが、「安くて売れるなら営業マンは要らない」のです。結局、営業マンは自分の仕事を失うという結果になりました。

 

○E氏は、有能なロボットを従えて、自分の寝ている間に稼ぐような仕組みをつくりたいと考え、その仕組みづくりに苦労して、結局、ダメにしてしまいました。

 


 
同じように、楽しようとして、結果的にその何倍も苦労する人も多く見てきました。

 

○ 実行予算なんて作るの面倒だから、余ったのが利益だ!・・と、どんぶり勘定で切り盛りする。→結果、残る利益が少ないか、赤字で会社が倒産する。

 

○ 営業したくないから、楽して仕事を取れる方法を教えてもらいたいと考え、500万円を支払って甘そうなシステムに手を出す。→自分の理念と合わないノウハウを教えてもらっただけで、うまく受注できない。500万円の損失。

 


○ 細かい図面を引くのは面倒なので、現場での口先指示だけで済ませたい。結果、納まりの不具合が生じて、手直し工事が発生し、利益が減っていく。

 


全て、「自分で○○をしたくないから、できれば楽したい」・・なのだなぁと感じてきました。

 

 「作業の効率を良くすることで楽する」のと、「めんどくさいから手を抜いて楽する」のとでは、ちょっと性質が違うと思います。

 


 直接は関係ないですが、「ねずみ講」でも、「マルチ商法」でも、「楽して儲ける」の言葉にだまされて、結果ものすごい苦労を背負い、友人を失っています。

 

 だから、私は「努力すれば、報われる」という理念でがんばっていこうと思いました。

 


 経理もする。営業もする。営業ツールも作る。図面も何回でも描く。実行予算もつくる。模型もつくる。カラースケッチも描く。詳細図も描く。現場には職人より早く行く。漫画も描く。講習会の依頼が来れば期待以上の講演をする。原稿依頼があれば、「またお願いします」と言わせるくらいの内容で書きあげる。クレームが出れば床下にももぐる。近所からクレームが出れば、頭を下げに行く。ホームページもこまめに更新していく。とにかく、楽しようとしない・・。

 

「10期待されたら、12で応える」です。

 こうやって、まずは全てを自分でやっていくと、やはり問題が起きたときに、その原因が手に取るように分かってきます。努力してお客様と打ち合わせすれば、仕事にもつながると思います。

 

 現在では、ある分野で任せられるものをスタッフに分担していますが、経験したことないものを尻込みして最初から任せることはしていないつもりです。

 

 

ただ・・ときどき「楽しようとして苦労している」こともあります。

そのたびに思い出します(--;。

 

 

「人間、楽しようとすると、その分、苦労する」

 

  


*【流れに従って生きる】は毎月1日に更新していきます *

 次回最終話です

Posted at: 2018.9. 1(土)

夏休み お子様と一緒にスポーツ観戦 レポート④が届きました(^^)

IMG_1194.pngIMG_1196.png

Posted at: 2018.8.20(月)

夏休みプロスポーツ観戦のレポートが届きました(^^)

 

20180819152905325_0001.jpg 

 

 

また、来年も続けていきたいと思います!

Posted at: 2018.8.19(日)

「U.S.A」と「I.N.K」

私の出身は、栗原市というド田舎です(^^;)。

 

なんと、そんな特徴薄い故郷に素晴らしい映像ができました!

 

「めざましテレビ」でも紹介されてました! 是非、ご覧ください(^^)

 

 

まずは、オリジナルの DA PUMPさんの ミュージックビデオから

 

IMG_1159.png

 

 

そして、「I.N.K」(ふるさと栗原バージョン)です(^^)。

IMG_1160.png

 

ふるさとの知名度が上がることは本当にうれしいことです(^^)b

 

Posted at: 2018.8.18(土)

夏休み お子様と一緒にスポーツ観戦 レポート②が届きました(^^)

20180807よりんレポート.jpg

1533641703070.jpg

Posted at: 2018.8. 7(火)

夏休み お子様と一緒にスポーツ観戦 レポートが届きました(^^)

 

夏休みにお子様と 楽天イーグルス戦を観戦に行かれましたOB様よりレポートが届きました(^^)

 

20180806レポート 駿河様.jpg

Posted at: 2018.8. 6(月)

【 流れに従って生きる ACT58:ものすごい偶然・・そして終焉  】

 

ACT58 ものすごい偶然・・そして終焉

 

 2人だけの株主総会の翌日、STさま邸の建て方の日がやってきました。

㈱木の香の家を改革する一連の行動の最終日に、STさまの建て方という日が重なったことも不思議な感じでありました。

 

 

しかし、この日はそれだけではなかったのでした。

  

建て方開始前の 私とT大工さんとのやり取りからそれは始まります。

 

 その日は、少し早めの7時半に現場に着いて、コーヒーを飲みながら前日の株主総会の報告を30分くらい話し込んでから建て方作業をスタートするつもりでした。


T大工さん「昨日、2人で株主総会なんて命拾いして良かったなぁ」

  私  「ホントですよ。事前の妄想では生きるか死ぬか・・血を見るかどうか・・と怯えてましたが、結果的にはすべて杞憂に終わって、あっさり代表解任が決まってよかったです。」

 

T大工さん「今から、『昨日のは無しだ!』とか言ってひっくり返しに来ないの?」

  私「無理でしょう。株主総会で決まったことですし、既に筆頭株主のHo建材の社長にも報告済みなんですから」


 
T大工さん「だったらよかった。これで、前向いて進めるね」

  私 「ほんと、肩の荷が1つおりました(^^;)。多分、今日の夕方に会いますけどね。」

 

 


T大工さん「ところでさぁ、今後の現場での建て方のときなんだけど・・、やっぱりクレーンは俺が使い慣れているクレーン屋ではダメなのが?」

  私 「ん~・・。できれば、㈱木の香の家のOBさんのクレーン屋さんで行きたいですね。」

 

T大工さん「でもなぁ・・クレーンと大工ってある程度、呼吸もあったり、無理も言えたりすることで工事がスムーズに進むんだけどなぁ・・」

  私 「㈱木の香の家に在籍していたときに、少なくともそのお客様の工事で給料もらったということにもなるので、出来ればOB様の事業を応援したいですね。」

 

T大工さん「それじゃ仕方ないなぁ・・。気が合いそうなクレーン屋だといいんだけど・・」

 

 

 

 
  こんな会話をしながらコーヒーを飲んでいると、朝8時ころに、少し遅れてWGさんがクレーンを運転して現場に近づいて来ました。

 私は、WGさんのクレーンを運転する姿は初めてだったので、打ち合わせの普段着とは違う不思議な印象でした。

 クレーン車のボディーには大きく WGクレーン と書いてありました。

 

そして、現場に着きそうなタイミングで減速し始めたとたん・・

  


T大工さんが口にくわえた缶コーヒーをこぼすような勢いで、驚いたように叫んだのです。

 

「白鳥さんのクレーン屋て、こいづが!?」・・と。

 

 

私 「そうですよ。」

 

 

T大工さん「こいづ、おれのクレーン屋だ!」 

 


私 「え!?マジすか?」

 

 


WGさん「あれ?Tさん・・。なんで、この現場に居るの??」

 

 


T大工さん「なんでもかんでも、俺がお世話になっている人って白鳥さんだ!」

 


私「なんだぁ・・。知り合いだったんですか!」

 


私「WGさんにあの時、『私が依頼している大工さんはすごく丁寧ですから、私の依頼している大工さんでWGさんの家づくりをお願いします』って言ったのは、実はT大工さんのことだったんですよ!」

 

WGさん「え!?俺もだ。俺の知っている大工使ってくれ・・って言ったの、Tさんのことだったんだ!」

 

T大工さん「WGさん、木の香の家で自宅建てたの!?言ってくれれば良かったのに!」

 


WGさん「あのとき、10月ころ内部造作してもらいたい現場あるんだけど空いてない?・・て聞いたじゃない・・」

 

T大工「だって、自分の家だなんて、一言も言ってなかったじゃないか。しかも  木の香の家 って名前を少しでも言ってくれれば・・」

 

 


その後は、このものすごく長い時間の中で絡まった糸をときほぐすような話で、しばし現場はスタートしませんでした。

 

 

 それにしても、百万都市仙台市には大工さんが数千人はいると思います。

 

クレーン車も数百社あると思います。

 

特にWGさんは塩釜市という仙台の2つとなりの市でクレーン会社をしています。

 

 そんな中で、WGさんの家づくりを依頼する大工さんを、私とWGさんが同じT大工さんを指名して、おのおの裏で交渉していたとは・・こんな偶然あるのでしょうか・・。

 


 何百人という大工さんを知っているWGさんが自分の家を任せたいと指定したのがT大工さんだったことが、私はうれしく感じました。

 

 


 その日は、私がWGさんにE氏の解任を説明するまでもなく、T大工さんからWGさんに真相を伝えてもらいました。

 帰宅するとき、WGさんはクレーンを現場に置いて、T大工さんの車に同乗して帰りました。翌日もクレーン作業があるためです。

 


私からT大工さんに事の真相を伝える依頼したわけではないですが、話してくれていることは今までの付き合いから分かっていました。
 

 

 

 この「ものすごい偶然」と「それを解きほぐす解析」は、まるで一連の会社設立から改革に絡むどろどろとした糸を解きほぐし終焉を迎えるその日には、本当にふさわしい出来事でした。

 

今日という終焉の日は「流れが間違っていなかったんだ」とつくづく感じました。 

 

 

 案の定、その日のうちにE氏から電話があり、私は、夕方会社へ会いに行きました。

 

E氏は、その日の午前中は落ち着いていないようでしたが、午後には気持ちの整理がついたみたいで、全て(社長解任)を了承しました。

 


 そして、持ち株を牧田以外の全員が抜いて、牧田の親類で株を引き取ってもらうことで、株式会社木の香の家の一連の騒動は本当に終焉を迎えました。

 

 


 こうして2002年2月、仙台市には牧田が代表の(株)木の香の家 が誕生し、岩手県には私が代表の 木の香の家-木精空間-が誕生しました。

 

 

 共同経営とは、いろんな人が言っているように本当に難しいです。多分、最初から私と牧田の2人で会社を始めていても、数年後には途中で空中分解して、どろどろした関係になっていたと思います。

 

 
 最終的にこういう形で牧田と私が各々の城を持って落ち着いたのは、遠回りだったようで、実は、最短距離を走っていたような気がしました。

 

 

E氏は性格的には合いませんでしたが、数値の細かさや先を読む金銭感覚は経営の勉強にもなったことも事実です。私の人生のレールの中では存在してくれてよかったのだと振り返ると感じます。

 

 

いろんな面で、やっぱり「この流れ」も正しく、「そこにも存在する意味」はあったのだと。

 

 

*【流れに従って生きる】は毎月1日に更新していきます *

 

 

Posted at: 2018.8. 1(水)

前の10件 1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  11

skogのいえ